セッションを継続して受けてくださっているクライアントさまの、実際のセッションの一部をご紹介します。
私のセッションは、具体的に何をしているかを言葉で説明することが難しいのですが、実際にセッションの中で何が起きているかを見ていただくことで、伝わるものがあるかもしれません。
※ご本人のご承諾をいただき掲載しております。
セッション内容
私たちのトラウマは、感情や記憶、認知のレベルだけではなく「ソマティック・メモリー」として、身体や神経系に刻まれています。
ソマティック・メモリーとは?
「ソマティック(somatic)」はギリシャ語で「身体」
「メモリー(memory)」は記憶
つまり「身体にある記憶」ということ。
頭では「もう終わったことだ」と認識していても、身体には、その時の圧倒される感覚や衝撃、緊張などが、そのまま残り続けていることがあります。
この「身体に刻まれた記憶」が、私たちの日常に深く影響を及ぼしているのです。
セッションでこのことをお伝えする中で、クライアントのAさまがこう言われました。
”誰も助けてくれない・ひとりぼっち”という感覚は、まさに、身体に沁み込んでいるという感じがします。
このセッションでは、それについて見て行くことになりました。
セッションでどんなふうに、「実際にその人の中で起きていること」を見ていくのか。
そして、そこから自然に癒しが生まれてくる様子。
その一例として、今回のセッションをご紹介します。
セッションの概要
T:いま感じている、その「誰も助けてくれない、ひとりぼっち」という感覚と、少しそのまま一緒にいることはできそうでしょうか?
A:はい…この感覚が皮膚の表面まで上がってきて、溢れてしまって、それが全身の痒みになっている感じがしてきました。
(Aさまは以前から、激しい全身の痒みで身体を掻きむしってしまうことがあるとのことでした。)
A:「もう嫌だ、散々だ」という感じ…苦しい。
T:(Aさまが落ち着いたのを確認して)今はどうでしょうか?
A:身体は外に出したいのに、「出したらマズイ」という感じもあります。
T:ちなみに身体は、何を、どんな風に出したい感じなんでしょう?
A:この誰も助けてくれない感じ、もう嫌だという苦しい感覚…
これを、全部の毛穴を開いてそこから出してしまいたい。
T:一方で、「出したらマズイ」と思っている自分は、いま、どんな風にそこに居る感じがしますか?
A:「ダメだよダメだよ」と、必死で止めている。
目から血が流れて、手をぎゅーっと握って、ものすごく我慢しています。
T:それをパーツとして見るとしたら、何を・何に対して我慢している感じでしょうか?
A:あらゆることをガマンしている。「私が我慢して守ってきたのに!」と言っている感じ。
一身に我慢を背負ってきた。「ガマン担当」のパーツという感じがします。
こんなにも我慢してきてたことに、あまり自覚がなかったです…
T:その「ガマン担当」のパーツは、身体が苦しさを出してしまったら、どうなってしまうと感じていますか?
A:「私がこんなに頑張ってきたのに」と、自分の存在価値がなくなってしまう…。
あと、「おまえさえも認めないのか!」と、どこかのんきな自分に対して、必死で言っている感じがします。
T:のんきな自分というのも、そこに居る感じがありますか?
そののんきな自分は、どんな様子で居るでしょう。
A:のんきな自分は、「我慢するのは当然」と、その我慢を軽んじている。
別に大変なことじゃない、我慢するのは必要で当たり前のこと。そう思っている。
T:なるほど、我慢は当然のことなんですね。
A:でも…どこか、その我慢を見ないようにしている感じがあります。
もし我慢してることに気付いてしまったら、今までずっと我慢してきた色んなものが一気に押し寄せて、ぜんぶ壊れてしまう…そんな感じがある。すごく怖い。
ああ、なんだか父や兄弟の姿とリンクしてきました。
私が母に罵倒されているとき、父も兄弟もまったくかばってくれなかった。
見ないフリというか、ただその場にいるだけという感じで…
「どうして助けてくれない、なんで私ばっかり!」と思って、本当に辛かった。
でも、このパーツを見ていたら、父や兄弟も、すごく怖かったんだという感じがしてきました。
止めに入ったら、もっとひどいことになるのは分かっている。
だから怖かったんだなと…
そして、自分もどこかでそれを分かっていたから、父や兄弟を心底憎めなかったんだなと気づきました。
憎んだ方が楽だったけど…。
あと、自分でも同時にやっていたんだなということも分かりました。すごく自分でやってた。
T:「自分でもやっていた」というのは、具体的に言うと?
A:母に罵倒されている時に、
「ガマンしろ、耐えろ!!」という自分と、
「平気平気、なんでもないよ。別に何も起きてないよ。何も聞こえないよ。」という、どこかのんきな自分。
自分の中にその両方があって、わーっとなっている感じ。
当時そういう感じだったことを、この2つのパーツに気づいて思い出しました。
この2つのパーツがせめぎあっていた。
母が怒鳴っていることよりも、その、自分の中で起きていることの方に意識が行ってました。
「見ないフリ」も、自分に対して、自分がやっていたなあと。
A:その説明を聞いて…本当にそうやって、自分を守っていたんだなと分かります。
「よくぞこんな風に守ってくれた」と思います。(涙)
明後日が、母の命日なんです。
でも、亡くなっても終わらないものがあるんですね…
パーツちゃんたちに、「もう終わったんだよ。あんな風に罵倒される、そんなことはもう起こらないよ。」って伝えてあげました。
T:その、「もう終わった」「もうあんなことは起こらない」という感覚を、時間をじゅうぶんにとって、パーツたちによく感じさせてあげてみてください。
A:なんだか、母の分も、何かを解放した気がします。
これは父や兄弟じゃなくて、私じゃなきゃできなかった気がする。(涙)
母もきっと、怖くてしかたなかったんだと思います。
私も母も、パーツちゃんたちも、みんな頑張った。
鬼のような顔だった母が、わんわん泣いている感じがします。
T:いまのAさんは、そのわんわん泣いてるお母さんを見て、どう感じますか?
A:「かわいそうだったね、怖かったね」「誰も助けてくれないと思っていたね」と思います。
私の時代よりも、もっともっと大変な時代だったから…
私と母はきっと、同じ思いを持っていたんだと感じます。
T:その「かわいそうだったね、怖かったね」「誰も助けてくれないと思っていたね」という言葉を聞いて、わんわん泣いていたお母さんは、どんな反応をしていますか?
A:「ふん」って言ってますね。
「おまえなんか。あっち行け。」という感じ。(Aさん笑う)
でも…笑ってますね。(涙)
T:憎まれ口をたたいて…でも、笑ってるんですね。
A:母も私も、本当は気が小さくて優しい人間なんだなあと思いました。
私も母からそれを受け継いでいる…なんだか、それを誇りに思っていい気がします。
T:いま感じている、お母さまとAさんの中にあるその優しさ…それをじゅうぶんに身体で受け取ってみてください。
A:ずっと暗くて惨めな人生だと思っていたけれど、いまはあたたかさを感じています。
こんなあたたかい涙を流せるとは思っていませんでした。
ここまでやってきて、本当に良かったです。
Aさまは、この時点で20回ほどのセッションを受けられています。
ここまでのセッションを通して自律神経系の「土台」(調整力)や、「気づきの力(今に在る力)」が育まれてきているため、この1回のセッションで大きな変化が起きていますが、その方のプロセスや状態によっては、変化を感じるまでに時間を要することがあります。
セッションの終わりに
セッションの終わりに、Aさまはこう語ってくださいました。
母のことは、亡くなってからもずっと、つっかえ棒のように自分の中にありました。
でも今、何かがふっきれた感じがしています。
法事には、ずっと行っていなかったんです。
母が嫌がるかと思って…。
でもなんだか、その気持ちも変わったような感じがします。
これって本当に、思考だけでは分からない…体験してみないと分からないですねえ。
また、このセッションの次の回の時には、こんなご報告をいただきました。
前回のセッション後、とても楽になりました。
何かがスコンと抜けたような感じです。
夜も前より眠れるようになったし、身体も楽になりました。
特に顎の周りや足が緩んで、何かがへばりついていたような感覚が無くなりました。
この内容は、あくまでもひとつのセッション例です。
セッションのプロセスは、その方の状態やタイミングによって大きく異なります。
身体的アプローチを中心とした神経系の安定化や、潜在意識にある感情や思い込みを探っていくこと、身体に刻まれたトラウマ反応の解放、パーツセラピーなど、その方の状態やテーマに合わせて進めていきます。
セッションの流れは、「こうすればこうなる」といった単純なものではありません。
その場で起きることを丁寧に見ていく中で、結果として自分への深い理解や変容が生まれてきます。











