「これが自分だ」と思っていたものが、防衛だったとしたら。|セッション実例

セッションを継続して受けてくださっているクライアントさまの、実際のセッション内容の一部をご紹介します。

私のセッションは、具体的に何をしているかを言葉で説明することが難しいのですが、実際にセッションの中で何が起きているかを見ていただくことで、伝わるものがあるかもしれません。

目次

セッション内容

今回のセッションで見て行きたいテーマがあるかを伺ったところ、Mさまから、

「(継続してセッションを受けて来て)だいぶ楽になった。だから日常で今は特に苦しさやストレスは感じていない。」とのお話がありました。

そして最近あったことなどを伺う中で、「自分のことを人に相談することはない。余計に混乱しそうだと思うから。」という言葉が出てきました。

それについて詳しく伺うと 「誰にも言わずにひとりで考えて解決するのが好きだし、別にそれで困っていない。」とのこと。 

そこで私から、以下のようにお伝えしました。

その「人に相談したいと思わないし、それで困っていない」という在り方が、本当にMさんらしさなのか、それとも、もしかしたら何かしらの防衛から来ているものなのか。

防衛から来ているというのはあくまでも可能性ですが、実際どうなのかは、そこを丁寧に見ていくことで自然に見えてきます。

癒しが進んでくると、「特にストレスを感じたり困ったりはしていない部分」に、実は大きな防衛が存在しているのに気づくことがあります。

苦しさを感じているときは、当然、そこに意識が向くし、まずはそれをどうにかしたくなります。

けれども、本来の自分らしさを阻害するものであっても、それが自分にとって「当たり前」になりすぎていて、そもそも「苦しさ」として認識されていないというケースも少なくありません。

大きな苦しみが癒されてくると、こうした「自分では気づきにくい領域」を見ていくことがテーマになっていったりします。

私たちが、「これが自分だ」とか「私はこういう性格だ」と思っている部分も、実は、適応や防衛の中で形作られてきたものである場合があります。

Mさんのこの在り方も、
本当に自然なものかもしれないし、
あるいは何かを守るためのものかもしれない。

そこを実際に見てみることに、ご興味はありますか?

Mさんは興味があるとのことで、そこを見て行きました。

以下は、そのセッションの一部です。

なお、この「自分では気づきにくい領域」を見て行くかどうかなど、どこまでの癒しに取り組むかは、あくまでもご本人が決めることです。
私から強要することはありません。

セッションの概要

・これはセッションの概要であり、すべての内容を記述したものではありません。
・Mさまの言葉を「M」、徳山なおこの言葉を「T」とします。

M:「ひとりで解決するのが好きだし、それで困っていないと思っているけれど、さっきのなおこさんの話を聞いて、もしかしたらそうじゃないかもという気がする。」

T:「それが本当のMさんらしさというより、防衛である可能性もありますし、また、そもそも他の選択肢がなかったということもあり得ます。

たとえば、周りが頼れない人や当てにできない人たちばかりだったら、”誰かに相談する”という選択肢そのものが存在しなかったりしますよね。

そうやって、他の選択肢が無いがために、”相談しない”というひとつの状態しか自分の中に無い、という可能性もあります。」

M:「そうかも、”相談する”という選択肢は存在していないかもしれない。子どもの頃から人に相談するということを考えたことが無い。」

T:「その、自分には他の選択肢が無かったかもしれない、子どもの頃から人に相談するということを考えたことが無い、ということを感じてみると、どんな感じがしますか?」

M:「信じられない、という言葉が浮かびます。これはずっと私の中にある。」

T:「その、信じられない、という内側からの言葉をよく感じてみましょう。

それはどんな声という感じがしますか?大きな声、小さな声とか、怒っている、悲しそう、弱々しい、など・・・」

M:「諦めている感じ。そして信じられないというよりも、分かってもらえるわけがない、という感じかも。」

(中略:子どもの頃に「分かってもらえない」と感じていたことを話してくださる。)

T:「では、その分かってもらえないという声の持ち主を、パーツとして見てみることはできそうですか?」

M:「はい」

ここでは、人の心を「複数の部分(パーツ)から成り立っているもの」として捉え、そのひとつひとつを分けて見ていく「パーツセラピー」のアプローチを用いています。

T:「パーツとして見てみると、どんな姿、どんな状態という感じがするでしょうか?」

M:「胸の中にいる感じ。5~6歳の自分。言っても無駄だと思って、言い返すこと、口に出すことをやめた。

そこに至るまで、分かってもらおうとしてものすごく頑張った。

でもまったく通じない。あさっての方向の話になって、余計に酷いことになる。解決に向かわない。

絶望して母を見上げて、「あ、無駄だ」と思った瞬間の自分を、いまものすごく感じています。

こんな風に、この瞬間が、そのまま残っているんですね。

すごく我慢している。(涙を流される)」

T:「こうしたことに気づいて、今のMさんはこのパーツに対して、どう感じますか?」

M:「よく頑張ってきたなと思います。」

(中略:ここからしばらくMさんは、ご自身のことについて語られる。)

T:「今、さきほどの絶望しているパーツから、少し意識が離れてきていることに気付かれていますか?」

M:「あ、本当ですね。」

T:「あの絶望しているパーツに意識を向け続けることは、ちょっと大変な感じがありますか?」

M:「そうですね・・・見ていると苦しくなります。」

T:「そうなんですね。それはどういう苦しさという感じですか?」

M:「なんか、我慢しているはずがない。私は強いし平気。こんなことくらい、という感じ。」

T:「我慢であるはずがない、私は強いし平気だ。

そう思っているパーツが出て来ているんですね」

M:「確かに…そういうパーツがいるってことですね。

このパーツが、私がもっとも同化しているパーツかもしれません。それが自分だと思ってきたし、自分は強い、平気だ、ずっとそうやってきました。」

T:「この平気だ、自分は強いんだ、と思っているパーツを見てあげてみると、ヘルシーな無理の無い、本当に”平気”という感じでしょうか?」

M:「違いますね…すごく頑張ってる。あの絶望があるから…」

T:「分かってもらえない絶望を感じ続けることが辛いから、それを感じないように、守るために頑張ってくれているのかもしれませんね。」

M:「その通りだと思う。私はこうやって自分を守ってきた、そう感じます。(涙を流される)」

(後略:身体の感覚を見ていくなどのセラピーを行いました。)

セッションの終わりのMさまの言葉

セッションの終わりに、Mさまはこう語ってくださいました。

今日出会った絶望しているパーツや、「自分は強い、平気だ」と思って頑張っているパーツと、もっと一緒にいてあげたいと思います。ちゃんと見てあげたい。

はじめて、「自分の中にずっとあったこの痛み」に、ほんとうに触れた感じがあります。
今までは、頭では理解していたけれど、感じてはいなかった。
そして、頭で理解して分かったつもりになっていたのは、この痛みや絶望に触れないようにしていたからだということに気づきました。

頭で理解しているのと、本当にそれに触れるということは、こんなにも違うんですね。

後日Mさまから、「あのセッション後、母との心の距離を離す事ができた気がします。今はとても清々しい穏やかな気持ちです。」とのメッセージをいただきました。

掲載にあたって、「何かのお役に立てるならとても嬉しいです」と快諾してくださったMさまに、心から感謝を申し上げます。

こちらの内容は、あくまでもひとつの例です。

セッションのプロセスは、その方の状態やタイミングによって大きく異なります。

身体的アプローチを中心とした神経系の安定化や、潜在意識にある感情や思い込みを探っていくこと、身体に刻まれたトラウマ反応の解放、パーツセラピーなど、その方の状態やテーマに合わせて進めていきます。

セッションの流れは、「こうすればこうなる」といった単純なものではありません。

その場で起きることを丁寧に見ていく中で、結果として自分への深い理解や変容が生まれてきます。

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