トラウマが癒されていなくても、安心を感じることができる…「目から鱗でした」【ご感想】

今回は、セッションにいただいたご感想を紹介させていただきます。

ご感想をくださったCさまは、「これまで心理的アプローチに取り組んで来たけれど、あまり楽になったと感じられない」という理由から、ソマティックなアプローチにご興味を持たれてセッションにお越しくださいました。

Cさまはご感想の中で、”自分の「あまり楽にならない、苦しい」という感覚は隠せなくてと書いていらっしゃいます。

このように、自分の正直な感覚に気づけること、それに蓋をしないことは、とても大切な「力」です。

初回のセッションで、ポリヴェーガル理論など、Cさまの状態に役立ちそうな自律神経系に関する説明をさせていただきながら、ソマティックなワークを行いました。

その中でCさまご自身が、さまざまなことに気付いて行かれました。

・なかなか楽にならないことに対して、自分で思っていた以上に自分を責め、苦しかったということ。

・今までセラピーを受けても、「癒し手の私」に安全感がなく、内側の傷ついた自分の声を聴いて受け容れてあげられる状態ではなかったこと。

こうしたことに気付くことは、とても大切だと思います。

そこから、自分にとって本当に必要なものは何なのかが見えてくると思うからです。

目次

なかなか癒されないことで、自分を責めてしまう苦しさ。

当方のセッションには、「これまでにカウンセリングや心理療法のセッションを受けてきたが、あまり楽になった実感がない…」という方も来てくださいます。

そうした方の多くが、

「自分が何かおかしいんじゃないか」

「私がちゃんと取り組むことができていないから、楽にならないんだ」

そんな風に思っておられたりします。

Cさまも、過去数年にわたって心理療法に取り組んでこられたとのことですが、ご感想の中でこう書かれています。

私の中で「これで癒されないなら、私の進め方が悪いか、理解が浅い」と受け取ってしまい、苦しくなっていたのだと思います。

私自身もかつて、その時に取り組んでいた方法でなかなか楽にならず、「自分のやり方が悪い」「私がちゃんと理解できていないからだ」と自分を責め、どうすれば楽になれるのかも分からず、苦しんだ時期がありました。

楽になりたくて癒しに取り組んでいるはずが、余計に苦しくなってしまう…

そういう方は、実は意外に多いのかもしれません。

自己否定が強い人や自尊感情が低い人ほど、上手く行かない理由を「自分のせい」にしてしまいがちです。

けれども、癒しのアプローチにおいて大切なのは、「その方法が、その人の状態に合っているかどうか」です。

例えば、「自分の弱さや醜さも受け容れてあげましょう」という言葉を聞いて、

「そうか!」と思って楽になったり、自分を受け容れてあげられるようになる人もいれば、

そんなことではまったく楽にならない人もいる。(これはかつての私です。)

その人の状態によって、必要なアプローチは違います。

なかなか楽にならないということは、

あなたが悪いとか間違っているとかではなくて、

そのアプローチが「今のあなたの状態」には合っていないのかもしれない。

癒しに取り組んでいる方、取り組みたいと思われている方には、ぜひその視点を持っていただけたらと思います。

癒しへの焦りについて

とはいえ、トラウマの癒しには、年~数年単位の時間が必要なケースも多くあります。

苦しい時ほど、「早く楽になりたい」と思うのは当然のことです。

けれども、癒しに取り組んでも、短期間で大きく変化することは、実はそれほど多くはありません。

特に複雑性トラウマや発達性トラウマでは、年単位で少しずつ変化していくケースも珍しくありません。(少しずつの変化を積み重ねることで、一時的ではない、自律神経系などを含めた土台からのより確実な変化に繋がります。)

癒しに取り組み始めたばかりの頃ほど、「なかなか楽にならない」と焦ってしまったりします。

いま現在セッションを受けていらっしゃる方は、「なかなか楽にならない」という苦しさや、癒しへの焦りについて、担当のカウンセラー・セラピストに率直にご相談されてみることをお勧めします。

「トラウマが癒されたら、はじめて安心を感じられる」と思っていたけれど…

Cさまのセッションの中では、ワークを通して、実際に「身体で安心や心地よさを感じる」ということを体験していただきました。

Cさまが、

こういう安心感は「トラウマが癒された結果」として感じられるものだと思っていました。

トラウマに触れなくても、こういう感覚を感じることができるんですね!

このようにおっしゃっていたのが印象的でした。

かつて私も、「トラウマが癒されたら、はじめて安心を感じられる」と思っていました。

けれどもそうではなくて、

今の状態でも、トラウマがまだ癒えていなかったとしても、

安心を感じられる可能性があるということ。

これは、とても大切な理解だと思います。

トラウマに触れて、それを癒していくこと。

それももちろん大切です。

でも、同じくらい大切なのが、

今ここで、自分に「安心」という滋養を与えていくこと。

身体で少しずつ、「この世界には、安全もある」という感覚を体験していくこと。

そうした積み重ねが、神経系の土台を育て、結果として癒しにつながっていくこともあるのです。

だからこそ私は、

トラウマに触れることだけではなく、

身体に「安心」という滋養を感じさせていってあげること。

「安心の土台」を育んでいくこと。

それもまた、癒しの大切な柱のひとつだと思っています。

Cさまも、こうしたことをセッションの中で体験され、さまざまな気づきを言葉にしてくださいました。

ご本人の了解をいただき、ご感想を紹介させていただきます。

Cさまのご感想

昨日はセッションをありがとうございました。

セッション後しばらく安心感が続いたのですが、そのあと身体がとても重たく、ぐだーっとなり、疲労感とともに眠りにつきました。

これまでずっと、「何にも変わってない。繰り返し起こる問題をどうにかしなきゃ。」というアラートが鳴っていたのですが、

昨日のセッションでようやく、「これは私のせいではないし、まったく責めることじゃない。むしろよくやってきた。」というところに、違うレベルで納得できたように感じています。

それで大きく動いて、ぐったりしたのかもしれません。

長く続いてきた緊張が緩むことで、疲労感や強い眠気が出ることは、セッション後によく見られる反応のひとつです。その場合は、無理をせずゆっくり休んでいただくことで、自然に回復していくことがほとんどです。

また、ずっと癒しが進まないつらさや、潜在意識を見ていくなどの心理的アプローチに取り組んでも上手くやれない自分を、だいぶ責めていたことも改めて認識しました。

私の中で「これで癒されないなら、私の進め方が悪いか、理解が浅い」と受け取ってしまい、苦しくなっていたのだと思います。

でも、自分の「あまり楽にならない、苦しい」という感覚は隠せなくて、

昨日のセッションで、5〜6年抱えていたジレンマや憤りが、神経系、つまり身体の反応として起きていた面が大きいのかもしれないと分かり、とても納得しました。

そして、なおこさんのブログの「防衛モードが慢性化していると安全モードにマッチしないから焦る」という言葉にも、そういうことか……と改めて安堵しました。

深い部分の癒しがまだだから楽にならないんだとか、どうして深い癒しに進んでいけないんだろうとか、今まで本当に苦しかったのだと思います。

また、こちらのページ(https://tokuyamanaoko.com/illustration/)を拝見して、私の場合は、まさに「癒し手の私」に全然余裕がなく、パーツの声を聞いて受け入れてあげるどころではなかったのだと思いました。

この自己受容の難しさや、セッションの中では自分に優しい目を向けられても、それが日常まではなかなか持続しないことも、ずっと課題だったのだと思います。

私が意識していたよりもずっと、日々生きる世界が脅威で、毎日の刺激に圧倒されすぎていたんですよね。

セッションで安全モードを感じても、日常的に防衛状態が続いていれば、それはなかなかなじまないよなぁと納得しました。

でも、トラウマに直接さわらなくても、身体に安心をおぼえてもらうこと、しみこませることは、そんなに大きなことをしなくてもできるのか!と体験できて、目から鱗でした。

何といっても、なおこさんの「自己受容は身体でするもの」という言葉が、とてもとても響きました。

まずは、今どんな神経の状態なんだろうとか、身体はどう感じているだろうとか、教えてもらったワークなど、身体とともにいることをじわじわやっていこうと思います。

「自己受容は身体でするもの」について

これもまた、トラウマの癒しにおいて、私がとても大切だと思っていることのひとつです。

どれだけ頭で「私はこの感情を受け容れている」「私は自分自身を許している」と思っていても、そのとき、身体が収縮していたり固くなっていたり…つまりどこか緊張があるならば、私はそれを本当の意味で受容している状態とは考えません。

真の受容は、認知や思考だけで起きるものではなく、身体のレベルで起きるものだと私は捉えています。

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