私が自己探求をしてきた理由。
私は、2010年頃、33歳の頃に「悟り」や「癒し」というものに出会いました。
そこから自分自身の癒しと探求に取り組んで15年。(もう15年!びっくり!!)
癒しの道は、右肩上がりに順調に楽になって行く…というわけではありません。
(そうだったら良いのですが😂)
この15年の間には、
同じところをぐるぐるしているようにしか思えなかったり。
「これだけ取り組んでいるのに全然変わらない」と思えて辛かったり。
そんな時も何度もありました。
けれども、数年に1度くらい、
それまでの色々が一気に繋がるような瞬間。
「ここまで来られた…もう人生、思い残すことは無いなあ」という気持ちになったこと。
そんな時も、何度もありました。
そして最近また、「ああ、本当にここまで来たんだなあ。」と感じています。
今日は、そんな私のストーリーをシェアさせていただこうと思います^^
これは、かつて激しい自己否定と生きづらさの中で生きていた私が、
癒しと自己探求に出会い、
自分に心から「ごめんね。」と言えるようになった道のりです。
同じように苦しんでいる誰かが、少しでもご自身を理解することの役に立てば、、、
こんなに嬉しいことはありません。
激しい自己否定と苦しみの中で生きていた頃。
かつて私が生きていた内面の世界。
ずっと、ものごころついた頃から生きづらさを感じ、激しい自己否定の中を生きてきました。
家庭内の様々な問題、
学校でのいじめ(仲間外れや陰口を言われる、という程度のものでしたが。)
そして摂食障害など。
家の中に、まったく思いやりや優しさ、あたたかさが無いこと。
家族が常にイライラして喧嘩腰で緊張感に満ちていて、家族団らん、穏やかに笑いあうなんていう時間は存在していない。
悲しいとか寂しいとかは感じない。そんなもの感じたって、現実は何も変わらない。
朝起きて、顔を洗って、着替えて、教科書をランドセルに入れて…みんなが普通にやっているそのことが、本当に負担で辛い。死ぬまでこんなこと繰り返さなきゃいけないなんて、人生はなんて辛いんだ。
この世界は怖いことばかり。体育の授業で、やったことのない縄跳びをすることになった。怖くて仕方がなくて、身体が弱いのをいいことに仮病を使って休んだ。バレて、先生にひどく怒られた。
苦しいのに、自分が身体の外から自分をぼんやり眺めている感じで、どこか現実感が薄い。小児科の先生に話したら「気のせいだよ」って言われたから、気のせいなんだろう。きっと私が、どこかおかしい。
世界はいつも灰色がかってる。
人間関係がどうしても上手く行かないこと。
嫌われたくなくて必死に頑張っても、どうしてもクラスの人たちに嫌われてしまう。
好かれるために相手にすり寄る自分は、ものすごく惨めで、そして恥ずかしい人間だ。
何の魅力も能力も無くて、誰からもどうでもいい存在。
そのうちに、「いじめなんてするあいつらは、くだらないバカな人間なんだ」と、人を見下して自分を保つようになった自分。
人に罪悪感を抱かせてコントロールするなんていう、最低なことをする。
自己中心的で、狡くて、自分のことしか考えていない。
偉そうに分かったようなことを言う癖に、何も分かってない。
人への思いやりも優しさも無い。軽蔑されたくないから、あるフリをしてるだけ。
そんな自分は、世界で一番心の醜い、劣った、最低の人間。
そう思うのに、同時に何故か「自分は人とは違う”分かってる”人間だ」という根拠のまったく無い特別感を持っている、あさましい勘違い人間。
こうした自分の醜いエゴの部分を、常に目の前に見せつけられるような状態で、目をそらすことが許されない。隠すことも逃げることもできない。
こんなに苦しいのに、誰も分かってくれない。
家族仲の良い友達の家に遊びに行った帰り道は、泣けて仕方がなかった。
どんなに辛い人生だった人も、愛してもらえる誰かに出会えた人は恵まれてる。そんな人を見た時の嫉妬と怒り、どうしようもない苦しさ。
「人はだれもが孤独だ」って言うから、そうなのかって少し救われたのに、高校でやっとできた信頼できる友達に話したら「え?そんなの考えたこと無い」って。あんな言葉を信じた私がバカだった。
幸せそうな人や優しい人が怖い。世界が違いすぎる。近寄れない。
私はどうしたって愛とかに縁が無いんだ。そういう星の下に生まれたってことか。人生は不公平。
でも、だから、私はひとりで全然平気。私はひとりが好きなタイプだ。寂しさなんて無い。人間関係なんて煩わしいだけ。
そして何よりも、誰より私自身が、
こんな自分のことを、心底軽蔑して、呪っている。
酷い虐待や虐めがあったわけでもない。たいして苦しい思いもしていないくせに、苦しい苦しいって。
こんなにも醜くて弱くて狡くて劣った人間。
なんの価値も無い。
自分をどこかで見限りながらも、
どうして私は私なんだろう。
どうしてこんな人間なんだろう。
ずっと、この「問い」が私の中で消えない。
…これが、かつて私の生きてきた内面の世界でした。
鬱とカウンセリング、希望の喪失
30歳を過ぎて鬱になり、どうにも動けなくなってしまって、心療内科に通いカウンセリングも受けました。
傾聴型のカウンセリングでした。
今までの色んなことを吐き出して泣いて、
…でも、何も変わりませんでした。
どうやら、「自分で自分を愛する」というのが必要らしい。
でも私にとってはそんなのは、笑えるくらい絶対に無理なことで。
こんなにダメで劣った人間を愛する?
あり得ない。
愛せるわけなんて無い。
愛していいわけが無い。
投薬でこの苦しみが変わるとはこれぽっちも思っていなかったけれど、カウンセリングには希望を持っていました。
やっと救われるかもしれない。
でも、結果はまったく変わらず。
その絶望はなかなかに大きくて、「じゃあもう死ぬまでこのまま生きるしか無いのだ」と思ったことを覚えています。
幼い頃から、とにかく早く人生が終わって欲しいと願ってきたけれど、
やっぱり、そのあての無い願いに縋って生きるしか無いのか…
ヒーリングを受けて起きたこと。
そんな頃、ギリギリ復職した職場の先輩が「怪しいと思うだろうけど、知り合いがやっていて…」と、ヒーリングというものを勧めてくれました。
ヒーリングとか、まったくそういう世界に縁が無いばかりか、「目に見えない世界なんて信じない、くだらない」と思っていた私が、
もうその時は藁にもすがる思いで、お金が無駄になってもいいやと、決して安くは無いそのヒーリングを受けてみようと、「どうにでもなれ」という思いで受けに行ってみました。
そうしたら、そのヒーリングで、身体は勝手に動くわ涙は流れるわで。
私が知らないこんな世界があったのか!
これなら救われるかも!
と、そのヒーリングを魔法のようなものに感じて…
それが、私の癒しと自己探求の入口でした。
本当の探求の始まり。
でももちろん、魔法なんてあるわけが無く😂
いくつかヒーリングを受けてみたものの、何かが変わった実感も無く、
そして、ヒーラーにキレられる(「あなたなんて、なんだかんだ言ったって会社で仕事できてるんだからいいじゃない!」とキレられた。)という経験などもあって。
目に見えない世界やそういう力は確かにある。
でも決して魔法ではないこと。
そして、そういう力と、それを扱う人の精神性とは関係が無いこと。
そういうことを体験で知って行きました。
「悟り」との出会い、そして本質的な癒しへ。
その頃には、ある種のネット中毒というか、ネットで癒しの情報を漁るのが日課になっていました。
そして、ある「悟り」について書かれたブログと出会います。
ブログのすべての文章が「悟り」に関するものでした。
そのブログを読んだ時、どうしてか分からないけれども涙が止まらなかった。
「私が知りたかったのはこれだ」と、ただただその思いでいっぱいになりました。
その「悟り」との出会いが、最初の師である溝口あゆかさんとの出会いに繋がっていきます。
溝口あゆかさんは「悟り」と「癒し」、その両方について語っている方でした。
そして「楽になりたいなら、悟りよりも癒しだ」と。
溝口あゆかさんの提唱する「癒し」は、漠然としたものではなく、
「無意識の層、潜在意識にある真の原因を見つけ、それを癒していく」というもの。
そしてその方法は、「普遍的な心の仕組み」である悟り・非二元の教えをベースにしたものであり、
私にとっては、ものすごく納得感の高いものでした。
ここから、「自分自身と向き合う」という、本当の意味での癒しと自己探求が始まりました。
私が求めていたもの。
自分の「真実」と出会っていく。
自分の心と向き合い始めて、自分でまったく気づいていなかった無意識の領域にあったものと出会うことは、
私にとって衝撃で、そして自分がまさに紐解かれていく体験でした。
「ひとりでも平気、なんとも思わない」というのは強がりで、奥底にある寂しさを抑圧していたこと。
摂食障害の、コントロールできない食べる衝動の奥に、どうしようもない虚しさ、空っぽさがあること。
両親も、どうしようもない苦しみを抱えていること。
特別意識は、強い強い防衛であったこと。
肥大化したネガティブなセルフイメージに追い詰められた状態だったこと。
などなど。
(これはほんの一握りどころか一つまみ程度で、これまでに出会った「真実」は数え切れません。)
どれもが、不思議なほど自分でもまったく気づいていなかったことで、
「無意識(潜在意識)」というものの不思議さを感じずにはいられませんでした。
そして、自分の内側から出てくるそれらは、間違いなく自分の真実で。
出てきたときは、
「えー!!!私、こんな風に感じていたのか…全然気づいてなかった
「でもそうだ、本当にそうだ。」
「だから私はこうだったのか。」
そんな風にひとつずつ、自分でも知らなかった自分の「真実」と出会っていきました。
その「そうだったのか」という自分の真実への理解によって、
どうやっても無理だった自分への共感、そして優しさが、自然に生まれて行きました。
そして、あんなに「愛なんて自分には無い、愛なんて分からない」と思っていたのに、
自分の中に愛があることを、疑い深い私が、疑いようも無いくらい何度も体験して、
いつの間にか自然とそれを感じられるようにもなりました。
そうやって少しずつ、けれども確実に、あのどうしようもなかった苦しみは変化して和らいで行ったのでした。
この「自分の内側から出てくるもの」って、納得感がものすごいです。
「ああ、思い当たるなあ」なんていうレベルじゃない。
感覚的な納得感だし、まさに自分の真実なので、
「これこそ私の真実だ」という、ある種の快感を伴ったりするレベルです。
でもこれ、言葉だけで聞いても絶対に分からない領域のことなのです。
クライアントさんたちも、これを体験すると「なおこさんが言ってたのはこれなんですね…でもこれ本当に、自分で体験しないと分からないですね😅」とおっしゃいます。
私は、全人類、みんなこれを体験した方がいいよ!と思っているのですが…笑
癒しと自己探求は「面白い!」
私は「自分の真実」と出会うことに、どんどんハマって行きました。
面白くて仕方が無かったからです。
もちろん「自分と向き合う」というのは苦しみも伴います。
感じないように、自分が抑圧した痛みや恐怖に触れていく作業でもあるからです。
でもそれよりも「面白い!興味深い!」の方が勝った。
そうしてその癒しと自己探求は、心の領域だけではなく、自律神経系などの身体の領域にも広がって行きました。
この、「自律神経系などの身体の領域」は、私の自己理解をさらに何段も深めてくれるものでした。
特に「発達性トラウマ」に関しては、この「自律神経系などの身体の領域」のこと無しには、本当には理解できなかっただろうと思います。
私にとって、大きな助けになるものでした。
ずっとあった問いの、答え。
そして気づけば、癒しと自己探求に取り組んで15年が経ちました。
最近またひとつ、自分の中で起きていたこと(「私」という構造の仕組み)について、大きな理解がありました。
それは、私のこの根深い自己否定に関すること。
その大きな構造が、やっと本当に見えてきたと感じるのです。
そして幼い頃からずっと私の中にあったこの問い。
どうして私は私なんだろう。
どうしてこんな人間なんだろう。
その「答え」、
私という人間の構造とも言うべきものが、
ひとつひとつの「各論」ではなく、
「総論」として見えてきたように感じています。
そのとき、同時に自分の内側で腑に落ちたことがありました。
癒しや自己探求は、確かにとても面白くて、興味深い。
だからここまで続けてこられたのは間違いない。
けれども、
私は、この癒しと探求の道のりで、本当は何を求めていたのか?
あの「問い」は、何を求めていたのか?
それは、
自分を赦したい。
そのことだったと思ったのです。
私は、自分を無条件には赦すことができなかった。
あまりにも自分を嫌っていて、軽蔑しすぎていたから。
ここまで、少しずつ自分を紐解いてきて、
自分の「真実」と出会い、理解して。
そうしてやっと私は、
ああ、そうだったんだね。
だからだったんだね。
ずっと苦しかったね。
どうにもならなくて当然だったね。
ごめんね。
嘘も誤魔化しも無く、
本当に心から、自分に対してそう言えるようになりました。
これは私が、どこかで、ずっと願っていたことなのだと感じています。
いま私が思うこと。
恐らく私は、自分自身で、ここまで深く自分を知ることでしか、
自分を赦すことができなかったのではないかと思います。
(めちゃくちゃ疑い深いし頑固だし😅)
どんなに正しい内容だったとしても、
誰かからの、「外からの分析や言葉」では、
この場所には辿り着けなかったのだろうと。
そしてまた、「赦し」というのは、
「赦そうと思って赦せる」
そういうものでは無いように思います。
赦しというのは、
「真実」に触れたときに、
自然と「起きてくる」もの。
私は、そう思うのです。
もしもあなたの中にも、
「自分を知りたい」
「自分を愛したい」
「自分を赦したい」
そんな思いや願いがあるのなら・・・
どうか、あなたにとっての本質的な癒しと出会うときが、
必要なタイミングで訪れることを願います。
この世界の苦しみに、
あたたかな光がありますように。
なお、「深い自己否定」は、発達性トラウマの主な症状のひとつでもあります。
もしあなたが「もしかして、自分は発達性トラウマかも…」と思われるのであれば、
自己否定は、ある意味で当然のことなのです。
このことについても、また改めて詳しく書いていきたいと思います😊