自分へのダメ出しを止められない方へ~ネガティブな反応を「防衛」として見てみる

だいぶお久しぶりの投稿になってしまいました💦

北海道は紅葉も終わり、だいぶ寒くなってきました。
初めての北海道の秋を体験しているわけですが、気温が東京の12月くらいなので「あれ?もう年末だっけ??」みたいな感じになって、ちょっと混乱しています。笑

教習所に通ったり(先日無事に免許取れましたー!45歳、頑張った!!)
コロナに感染したり(だいぶ症状が重く泣いてしまうほどでしたが(^^;)、今はすっかり元気です。)
親の介護問題があったりと、

そんなこんなでバタバタしておりました。

けれどもそんな中で、人のサポートのありがたさや、言葉では説明しづらい「繋がり感」みたいなものを感じることができたりもして。
子どもの頃からずっと、頭では「ありがたい」と思っても、自分が本当の意味での感謝を感じることができていない感じがあったので、状況としてはちょっと大変ではあるのですが、同時に、本当にありがたいなあという気持ちを味わったりもしています。


さて、前置きはこれくらいにして、今日のタイトルは「自分へのダメ出しを止められない方へ~ネガティブな反応を「防衛」として見てみる」です。

少しでも何かのヒントになれば嬉しいです^^

目次

イライラや怒りを感じる自分を責めてしまう。

  • 相手にイライラしてしまう。
  • 人を見下すような気持ちが湧いてしまう。
  • 優しくできない。

人や状況に対してこういう反応をしてしまった時、
私たちは自分を責めたり、後悔したり、情けなく思ったりしてしまいがちではないでしょうか。

私はめっちゃくちゃ責めまくっていました( ;∀;)
責めるというか、問答無用の断罪でした。笑
(その一方で自分を正当化したりもするわけですが・・・人間の心って複雑ですよね。)

クライアントさんにも、そういう方は多くいらっしゃいます。

そういう方に私がよくお伝えする話を今日は書いてみようと思います^^

つい、ネガティブな反応の部分だけを見てしまうけれど…

イライラや見下しなど、自分が「ダメ」と思うようなネガティブな(と思ってしまう)反応の場合、
どうしてもそこばかり見てしまいますよね。

そして、自分を責めたり、
何とかそういう部分を変えようとしたり、
「どうしていつもこうなんだ」と情けなくなったり。

多くの場合、そうなるわけですが。

今日は、

そのネガティブな反応って、
実は「防衛」だったりしますよ^^

そういう目線で見てみませんか??

というご提案です。

実は「脅威」を感じている。

「実は防衛だったりします」というのはどういうことかと言うと…

私たちは、ネガティブな反応ばかりに注目してしまいますが、

実は、その反応が起きたのは、多くの場合、
その反応の前に「脅かされた」「脅威を感じた」ということがあったから

「脅かされた」「脅威を感じた」
→「それによって、その反応が起きた」

つまり、その反応は「防衛的な反応」と言える。

ということです。

繰り返しになりますが、
私たちはネガティブな反応ばかりに注目するために、
その前段階にある「脅かされた」「脅威を感じた」という部分には、ほぼ意識を向けていないので、
自分の中でそういうことが起きていることに気付いていません。

実は脅威を感じているって、気付いていたでしょうか^^
(私も意識をしないと、ついそこを忘れてダメ出しモードになったりします(^^;))

「反応」は、自動的に起こるもの

「反応」というのは、自動的に起こるものです。

例えば相手に対してイライラや怒りを感じる時、

そんなこと言うなんて酷い!
よし、怒ってやろう。

私たち、そんな風には怒っていませんよね(^^;

考える以前の反射のような状態ではないでしょうか?

その反射・反応というのは、
自分で意識的に選んだものではありません。

非常に簡単に説明してみると、

ある状況において、自分を守る最善の策として、無意識・システムが採った方法で、
それがパターン化したもの。

と言えます。

無意識というのは、絶対に自分のメリットになることしかしません。
他に取れる手段やもっと良い手段があれば、そっちを取ります。

つまり、その状況においてはそれしか無かったということです。

そして、その時のその状況においては有効な手段だったものが、
その状況ではなくなってもパターン化して残ってしまうと、自分や他者を苦しめるものになってしまったりします。

なぜパターン化して残ってしまうかというのを簡単に説明すると・・・

それだけのショックや痛みがそこに在ったために、そのショックや痛みを二度と味わわないようにしようと、それを避けるために反応が残り、パターン化して残ります。

「どんな脅威を感じたのだろう?」

この「実はもう必要が無いのに繰り返してしまう防衛のパターン」を解除していきたいわけです。

その時に、そのネガティブな反応を「防衛」として見てみてください、というご提案です^^

「こんな反応しちゃうなんてダメだ」とか「何とか変えなきゃ」とかではなく、
「何かに脅かされたと感じて、その防衛のためにこの反応が出ているのだ」と。

いえ、「そうは思えないけど、その防衛のためにこの反応が出ているらしい…本当かな??」でもOKです^^

そして「じゃあいったい、どんな脅威を感じたのだろう?」と、そこに目を向けてみていただきたいのです。

あるクライアントさんは、相手に対して「なんで分からないの!」というイライラや見下した気持ちが出て来てしまう自分を、ずっとダメだと思い続けてきたとのことでした。

セッションの中で、その「なんで分からないの!」という見下した気持ちを見て行くと、

その奥にあったのは、相手の言葉にものすごい脅威を感じている自分であり、イライラや見下しは、やられまいとそれを跳ねのけるためのものだったと気が付かれました。

そして「ずっと自分のことを意地悪な人間だと思っていたけれど、実際は心の中では、こういうことが起きていたんですね…」と。

強い防衛反応の奥にあるもの。

強い防衛反応の奥には、多くの場合、トラウマやトラウマ的な体験が潜んでいます。

もう二度とあの痛みを味わうまいとして、無意識に必死に、なんとか自分を守ろうとする反応

それが防衛反応です。

だからこそ、防衛反応を「ダメな、悪いもの」として見るのではなく、
「その奥には、傷付いて助けを求めている部分がある」と、そんな風に見てあげてみていただきたいのです^^

防衛反応の奥にあるのはトラウマに限らず、強い信念などの場合もあります。(自分が強く信じている信念を脅かされた場合にも防衛反応が起きてきます。)
強い信念のさらに奥に、トラウマが存在することもあります。

これまでと違う視点で見た時に、見えてくるもの。

多くの場合、その人の性格だと思っているものも、実は心理的な防衛や、防衛的な神経系のパターンだったりします。
これまでの人生経験の中で必要だったために無意識に生みだし、身に付けた防衛のパターンです。

私も、自分がちょっとしたことですぐにイライラするのを性格だと思っていたので、長年それに対してダメ出しして、自分を責めたり変えようとしたりしてきましたが、
癒しに取り組み、頭での理解だけではなく体験的に(←これがとても大切!)、
それが実は防衛なのだということ、そしてその奥にある痛みも見えてきて、
自分に対する見方が変わって行きました。

ネガティブな反応の部分・・・イライラや意地悪さなど、そこだけに注目してしまうと、どうしても自分を責めるモードになってしまいます。

けれども、その「反応」というのは、いわば「結果」です。
その反応が生まれる「原因」とも言えるものがあるわけです。

結果を変えるには、その前にあるもの…つまり「原因」を見てあげなきゃいけませんよね。
「原因」を見ずに「結果」の部分だけをいじっていても、なかなか変わらないし、本当に起きていることは見えてこないのです。

ネガティブな反応を「何かに脅かされた・脅威を感じたための反応なのだ」という視点で見てみていただくと、
今まで気がつかなかったこと…「自分が本当に感じていること」が見えてくるかもしれません。

そして、それが見えた分、自然に自分への目線が、少しでも優しく柔らかいものになれば・・・
そう願っています^^

苦しみ・悩みにまつわる心や身体・神経などの状態というのは複雑なため、セッションではこれ以外の視点からも見て行きますが、ご自身の心を見つめるためのヒントのひとつとして活用していただければと思い、この記事を書きました^^

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