泣いても叫んでも変わらないのはなぜ?|感情解放ワークが本質的な癒しに繋がらない理由【体験談+トラウマセラピストが解説】

私は、これまでに多くの研修やワークショップに参加してきました。

文字通り、数え切れないほどです。笑

特に癒しに取り組み始めた当初は、思うように癒しが進まなかったこともあり、その焦りから、ネットで必死で講座やワークショップを探しては参加をしていました。

その中で多かったのが、「感情を出し切る」系の、いわゆる感情解放のワークでした。

以下は、実際に私が参加した講座やワークショップで行われていたワークです。

・親がそこにいることをイメージして、怒りや不満を大声で叫ぶ

・相手への怒りを叫びながら、丸めた新聞紙で机をバンバン叩く

・悲しみを、泣き叫ぶことで解放する

…なんだか「叫ぶ」ばっかりですね😅

当時の私は、こうしたワークに一縷の望みを感じながら、必死にやっていました。

けれども正直なところ、心のどこかに「私の怒りはこういうことじゃない」と、醒めた自分も存在していました。

そして私の場合は、「何かが解放された!」というような感覚も特になく、変化に繋がったかと言われると、その実感もありませんでした。

現在は、こうした「感情を出し切る」系のワークには慎重になるべきだと考えています。

今日は、そのことについて改めて考えさせてくれた、クライアントさまのご感想をご紹介したいと思います。

目次

Sさまのご感想

ご本人にご了解をいただき掲載しております。

最初はジャンルの違うセッションを受けまして、その後他の所でインナーチャイルドやカウンセリングを受けましたが、いっとき泣いてすっきりしたあと、何も解決に至っていないと気付きました。

なおこさんのブログを拝見していてお願いしてみようと思いました。

セッションを続ける中で、ネガティブな現象が起きた時にパニックになることが少なくなりました。

「あ、あのパーツがトラウマに刺激されて出てきたな」とか、落ち着く方法を試して身体を落ちつかせようとする、以前にはない自分がいます。

最初は楽になりたくてお願いしていましたが、今は自分を知りたいとも思っています。

なるほど、だからこんな感情が湧いてきて身体も不調になるんだ、とか、だから自分はあの人が苦手なんだとか、わかりはじめると自分の心が少し安定し始めています。

苦手な現象が起きたとき、なおこさんに身体はどうなっていますか?と聞かれ、最初は身体?と思いました。

バラバラ人間でした笑

最近は感情よりも身体がどうなのか感じるようになりました。

楽に生きたい、楽になりたい、もちろんそれもありますが、セッションは自分を知る旅と言えます。

いつもありがとうございます。

なぜ感情解放ワーク(カタルシス)が変化に繋がらないのか。

「大声で叫ぶ」「泣き叫ぶ」などの「抑えていたネガティブな感情を外に表現することで、気持ちがスッキリする(浄化)体験」を「カタルシス」と呼んだりもします。

このブログで言う「感情解放ワーク」も、

泣く、叫ぶ、震えるなどの激しい感情表現を「敢えてやる」ような、カタルシス的なワーク

を指します。

そうしたワークでは、大きな解放感やスッキリ感、また「何かが一気に変わった感じ」を体験することもあります。

けれども、こうした「感情を出し切る」「感情を感じ切る」ワークに取り組んだ方から、以下のようなお話を伺うことが、それなりに多くあります。

・しばらく時間が経つと、また戻ってしまう。

・実際の変化に繋がった実感がない。

カタルシス的なワークでは変わらない理由とは?

一時的に泣いてすっきりする。

感情を出し切ったように感じる。

けれども、しばらくするとまた同じことで苦しくなる。

これはかつて私自身も体験したことですし、こうした体験をされている方は、実は多いのではないかと思います。

なぜそうなってしまうのでしょうか?

主な理由として、この2つが挙げられます。

・「表層の感情」だけを扱っている

・心と身体の「キャパシティ(安全に処理できる範囲)」を超えている

「カタルシス」で変化を感じられないときに起きていること

思いきり叫んだり叩いたりする。

そうした「カタルシス」のようなことが悪いわけではありません。

そうした表現が必要な場合もありますし、その方の状態によっては、変容に繋がる可能性もあります。

けれども、表面の感情だけを扱っていたり、その方のキャパシティを超えてしまっていたりする場合、

それらの感情は、一時的に「発散」はされても、

神経系の反応パターンそのものが変化するところまでは至らず、自分の中で統合されないことが多いのです

いわば、カラオケで思いきり歌ってスッキリするのと同じようなこと。

根本のパターンや反応は変わらず、形を変えて繰り返されてしまいます。

「状態の変化」と「パターンの変化」は、違います

カタルシスでは、一時的に状態が変わって軽くなったとしても、神経系の反応パターン自体は、変わらずに残ったままになることが多いのです。

先ほどのご感想の中にもあったように、

・一時的にはすっきりする
・でも解決には至っていない
・同じような苦しさが続く

というのは、まさにこの状態です。

「カタルシス依存」に繋がる可能性

カタルシス的なワークは、非常に大きなインパクトを与えることもあります。

けれども、その変化は一時的であり、定着しない。

となると、「またあの感動やスッキリ感を味わいたくなる」ということが起こり得ます。

結果として、繰り返し解放感や刺激を求める、いわば「カタルシス依存」のような状態に繋がる可能性もあります。

セッションの中で行うワーク

実は、私のセッションの中でも、思いっきり怒りなどの感情を表現することを行う場合はあります。

けれども、そこには以下のような違いがあります。

・ストーリーや考えではなく「身体や神経系のニーズ」に従う

・感情というよりも、「動きやエネルギーそのもの」を表現する

・勢いで行わずに、自分自身や身体と繋がりながら「ゆっくり丁寧に」行う

こうしたアプローチは、体験は派手ではありませんが、実際の「神経系のパターンなどの変化」が起きてきます。

そのため、一時的なスッキリ感ではなく、根本からの変容に繋がっていくのです。

本質的な変化の鍵となる「身体」

Sさまのご感想で印象的だったのが、「バラバラ人間でした」という言葉です。

身体はどうなっていますか?と聞かれ、最初は身体?と思いました。

これは、Sさまに限ったことではありません。

以前の私を含め、ほとんどの人がこの状態だと思います。

特に、苦しい感情に襲われているとき、私たちはほぼ、頭の中で考えたり、感情そのものに意識が向いている状態です。

身体がどうなっているか」には、ほとんど気づいていないことが多い。

この状態のまま「感情を感じるワーク」をしても、

頭で処理しているだけ——身体は置き去り、という状態になってしまいます。

身体のレベルでも何かが変わらない限り、「すっきりしたけど解決しない」が繰り返されてしまう可能性があります。

なぜなら、トラウマ反応とは、そもそも「身体や神経系のレベルで起きているものだからです。

たとえ頭で理解や納得をしたとしても、身体や神経系の防衛反応が残ったままであれば、変化には繋がりません。

Sさまは、セッションを続ける中で、少しずつ身体を感じられるようになっていきました。

「最近は感情よりも身体がどうなのか感じるようになりました。 」と書いてくださっています。

「自分の身体の状態に気づくこと」は、癒しにおける、とても大切な要素です。

「楽になりたい」から「自分を知りたい」へ。

最初は楽になりたくてお願いしていましたが、今は自分を知りたいとも思っています。

Sさまは、そう書いてくださっています。

「だからこういう感情が湧くんだ」「だからあの人が苦手なんだ」と、自分のことがわかりはじめた。

それによって心が安定してきた。

それまでまったく気づいていなかった、自分の深層の思いや感情、身体の感覚…

そうした「自分の真実」とも言えるものに触れる体験は、とても豊かなものです。

そしてそれこそが、本質的な癒しに繋がっていくものだと私は思っています。

まさに「セッションは、自分を知る旅」。
Sさまのその言葉が、それを語ってくださっているように感じます。

もしも、「ワークで泣いても叫んでも変わらない…」そんな体験をされている方がいたら、今日の記事が少しでもヒントになれば嬉しいです。

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