「感情を感じ切る」が苦しい・楽にならない理由とは|潜在意識に抑圧された感情の存在【感じ切っても変わらない人へ①】

感情を感じ切る」ワークに取り組んでいるのに、

ちっとも楽にならない。
むしろ苦しくなってしまう…

そんな風に悩んでいませんか?

実は、感情を感じ切っても変化がないのには、理由があります。

💡この記事は

  • 感情を感じ切ろうとしても、上手く行かない
  • 感情を感じ切ろうとしてみても苦しくなる。
  • 感情を感じ切ったつもりだが、変化を感じない
  • 「やり方が悪いのかな?」と自分を責めてしまう。
  • 「感情を感じ切れば消える」って本当?と疑問に思っている。

これは、かつての私が陥っていた状態でもあります。

「感情を感じ切ればいい」というのは、果たして本当なのか??

なぜ、頑張っても癒されないケースがあるのか?

今回は、そんな悩みや疑問を抱えている方へ、

「感情を感じ切る」が苦しい・楽にならない理由と

本質的な癒しのために大切なこと

について、自身も「感情を感じ切る」がまったく上手く行かなかった経験を持つトラウマ専門の心理セラピストがお伝えします。

同じような悩みや疑問を抱えている方に、ぜひ読んでいただけたらと思います。

目次

「感情は感じきればいい」は間違い!?

感情は、感じ切れば消える

ネガティブな感情も感じ切れば変化する・癒される

心理や癒しの世界では、よく言われることですよね。

実際に実践されてきた方も少なくないでしょう。

私自身も、かつてはそう学び、「感じ切ろう」と一生懸命に取り組んでいました。

…が、変わらない( ノД`)

消えた実感もなければ、癒された感覚もない。

「きっとやり方が間違っているのだろう」と、さらに必死に「感じ切る」努力をしましたが、やはり変化は感じられず、癒しに取り組んでいるはずが余計に苦しくなる…という時期がありました。

「感じ切れば癒される」は、
本当に正しいのか?

✔ 一生懸命感じてみても楽にならない…

✔ 逆に苦しくなった気がする…

✔ 何が間違っているのか分からない…

もしあなたがこのように感じているなら。

「感情を感じ切れば消える・癒される」について、ぜひ知っていただきたいことがあります。

それは、

「感情は、感じ切れば消える・癒される」というのは、

正しくもあり、間違いでもある

ということです。

実際には、「感じ切っても癒しや変容に繋がらない」ケースが、確かに存在するのです。

その理由は様々ですが、ここでは特に大きな要因として次の2つを挙げたいと思います。

「感じ切っても癒しにつながらない」主な2つの理由

  • 「表層の感情」だけを感じ切ろうとしている場合
  • 「キャパシティ(今の自分が安全に処理できる範囲)」を超えてしまっている場合

今回は、1つ目の理由について詳しく解説します。

感情を感じ切っても変わらない理由①
表層の感情(二次感情)だけを見ていませんか?

私たちの心というのは、想像以上に繊細で複雑です。

私たちが日々の生活で振り回されたり、苦しさを感じたりする感情というのは、単独でポンと現れるわけではなく、

“層”のように、幾重にも重なった構造であることが多いのです。

怒りの奥にある「本当の気持ち」。

たとえば、「怒りは二次感情である」という言葉を耳にしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。

これは、

「怒り」は、もっと深いところに存在する“根源的な感情(一次感情)”から生まれる防衛反応である

ということ。

一次感情とは?

一次感情とは、ある状況に対して、自然に、瞬間的に湧き上がる、”シンプルで本能的な感情”のことです。

以下のようなものが典型的な一次感情と言われます。

悲しみ

恐れ(不安)

寂しさ

罪悪感

喜び など。

怒りが「二次感情」と言われる理由

例えば、強すぎる不安に耐えられないとき、人は自分を守るために、他者や物に怒りを向けて、その不安を感じないようにしたりします。

このように、その感情を感じるのが「辛い」「怖い」「無力に感じる」などの理由から、それを感じないようにするために(=防衛のために)「怒り」が出てくる場合があります。

つまり、怒りの下(奥)に、他の感情(一次感情)があるということ。

そうした場合に、「怒りは二次感情」と言われます。

誤解の無いようにお伝えしておきたいのは、すべての怒りが二次感情とは限らないということ。

純粋な怒り(一次的な怒り・本能的な怒り)も存在します。純粋な怒りは、自分の大切なものや人が脅かされた時や境界を侵害された時、理不尽なことが起きた時などに自然に湧きおこる健全な反応です。

これは、自分や他者の命や尊厳、安全や自由を守るための自然な反応であり、「いのちとしてのパワー」であるとも言えます。

表層の感情だけを感じても、癒しには繋がりにくい。

たとえば、次のような心の構造があったとします。

  • 悲しい → でも弱く見られたくない → 怒る
  • 不安 → でもそれを認めたくない → 怒る
  • 怖い → 自分を無力に感じるのが耐えられない → 怒る

こうした場合、表面にある(二次感情である)「怒り」だけを、いくら「感じ切ろう」としても、

その下にある本当の感情に気づかないままでいる限り、同じような怒りは何度も繰り返されてしまいます。

これは、草を刈っても、根っこが残ったままだと、また生えてきてしまうのと同じです。

ここでは怒りを例にしましたが、同じことは他の感情にも言えます。

つまり、表層の感情のさらに下(奥)に、別の根本的な感情が存在しているというケースは、少なくないのです。

そしてその構造は、「感情”A”の下に感情”B”がある」といった単純なものではなく、

複数の感情が絡み合っていたり、幾重もの層になっていたりします。

それほど、私たちの心の構造というのは繊細で複雑なのです。

潜在意識に隠された「感じたくない」感情

この「一次感情」、つまり、その人が「本当に感じている本質的な感情」は、

多くの場合、無意識(潜在意識)の中に隠されたり抑え込まれていたりします。

なぜなら、その「本当に感じている感情」を感じることは、あまりにも辛く、

感じてしまったら、苦しすぎて自分が崩壊してしまいそうだったり、

圧倒されて身動きができなくなってしまったりするからです。

そうして人間の心身は、自分を守るために、自動的に、その辛い感情を潜在意識(無意識)の奥底にギュッと押し込めます。

無意識の深いところに押し込められた辛い感情は、そのまま消えるわけではありません。

私たちの無意識に、消えずに存在し続けます。

そして、“自分でも気づかないけれど、確実に影響を与えるもの”として、私たちの思考・感情・行動に影響を与え続けるのです。

どうしたら、奥(無意識)にある「本当の感情」に触れられるのか?

では、どうしたら、「根っこ」ともいうべき、「本当の感情」に触れることができるのでしょうか?

実はそれは、簡単ではないことが多いです。

本当の感情に触れることは、なぜ難しいのか?

その感情は、「感じたら苦しすぎる」ものであったからこそ、私たちはそれを押し込め、感じないようにして、自分を守ってきました。

だから、その「感じたら苦しすぎる」ものに触れるというのは、できれば避けたいことなわけです😂

そうした部分に触れて行くのは簡単なことではないというのは、何となく想像していただけるかもしれません。

ですから、そうしたものにふたたび出会っていく時に、いちばん大切なのは、

🤍自分の本当の気持ちを見つめようとする正直さと好奇心。

🤍自分自身への、やわらかくあたたかい眼差し

こうしたものだと私は思っています^^

癒しとは、無理に「感じ切る」ことではない。

私たちは自分の心と向き合うという時、つい、

「ダメなものを見つけて変える」というモードになってしまったり、

「どうにか根っこを見つけないと」と焦ったりします。

その気持はめちゃくちゃ分かります😂(私も長くそういう時期があったので。)

けれども、そんな風に、

無理に引っ張り出そうとしたり、力づくで見つけようとすると、かえって苦しくなってしまうこともあります。

「感じたら苦しすぎる」からこそ、感じないようにしてきた。

辛い感情を押し込めて、感じないようにしたり、無かったもののようにすることは、

その時の自分を守るための智慧でもあったのだということ。

そうやって何とか生きてきたのだということ。

そうした理解とともに、

かつての自分にとって、それほどまでに苦しいものであった感情に、

優しさといたわりをもって、ふたたび出会って行けたら。

それは、「感じ切る」という”作業”と言うよりも、

むしろ、傷ついた自分に、そっと寄り添うような”在り方”です。

「私が本当に感じているのは、いったいどんな感情だろう?」

「この奥に、果たしてどんな気持ちがあるのだろう?」

そんな風に、自分の内側に優しく意識を向けてあげてみる。

本当の感情に触れるというのは、

怖かったり不安だったり、

恐ろしかったり惨めだったり…

そんなかつての自分に出会い、救い出してあげるようなもの。

それは、自分自身に愛や優しさを届けることであり、

そして、「本質的な癒し」に繋がることだと思います。

大切なのは、「本当の気持ち」にたどり着くことだけではなく…

さて。

取り組んですぐに、「本当の気持ち」が見えてくるとは限りません

お伝えしたように、私たちの心は、様々なものが絡み合っていたり、「本当の気持ち」が深く抑圧されていたりすることがあるからです。

けれども、大切なのは、「本当の気持ち」にたどり着くことだけではありません

むしろ、「自分自身の中で本当に感じていたこと、起きていたこと」を知っていく、

そのプロセスそのものの中にたくさんの宝が待っています

抑え込んでしまったり、無かったことになっている、自分の本当の思いや気持ち。

そういったものに触れたとき、

多くのクライアントさまが、驚いたり、感動されたりします。

この驚きや感動も癒しの醍醐味だと、私は思っています^^

難しい時、ひとりでは上手く行かないと感じる時は…

とは言え、心の構造や潜在意識を紐解いて行くことや、自分に優しい眼差しを向けることは、

時に、とても難しい場合もあります。

先にも述べたように、心の構造というのは非常に繊細で複雑ですし、

自己否定が強い方にとっては、「自分に優しさを向けること」が、非常に困難だったりもします。

ちなみに私も、自分に優しい眼差しを向けられるようになるまで、何年もかかりました。

ですから、もしそうした難しさを感じていたり、一人ではうまくいかないと感じる場合には、どうか無理をせずに、プロの助けを借りてみていただきたいと思います。

当方のセッションでは、無意識の層(潜在意識)にアプローチするための特殊な問いかけ(オープン・アウェアネス・ダイアローグ(OAD))を使ったり、「パーツ心理学」のモデルを用いたりして、

その方に合わせた方法で心の深層を丁寧に紐解いて行きます。

▶セッションの詳細はこちら

理由②「キャパシティ」を超えてしまっている場合

さて、今回は「感情を感じ切る」が上手く行かない理由として「表層の感情だけを感じ切ろうとしている場合」をお伝えしました。

次回の記事では、「感じ切っても癒しにつながらない」主な理由の2つ目、 

「キャパシティ(今の自分が安全に処理できる範囲)」を超えてしまっている場合

について解説していきます。

私が最も大切だと思っている「キャパシティ(耐性の窓)」という観点から、「感じ切る」ことの”落とし穴”についても書いています。

「感情を感じるのが苦しい」「感情に飲み込まれてしまう」という方は、ぜひ続けて読んでみてくださいね。

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