実は私たちはみんな「多重人格」のようなもの。
「多重人格」というと、どういうイメージをお持ちでしょうか???
ちなみに多重人格障害(解離性同一性障害、DID)とは・・・
- 1人の人間の中に複数の人格が存在している
- 人格が交代すると、まったく別人のようになってしまう。
- ある人格が表に出ている(その人を支配している)間、他の人格は何が起きているか分かっていないことがある。
などなど・・・
けれどもここでは多重人格障害の専門的な概念などについてお話したいわけではなく
皆さん「多重人格」と聞くと、
「病気・障害であって、自分とは関係無い」
そう思われるかもしれませんね。
けれども実は、私たちはみんな多重人格のようなものなのです。
私たちの心は、「たくさんの人格(部分、パーツ)」の寄せ集め
「私たちはみんな多重人格のようなもの」ってどういうことでしょうか???
多くの方がご自分について、
「ひとつの心」「ひとつの人格」を持っている
と考えていらっしゃるかもしれません。
けれども心の中で起きていることは・・・
- (あることを)やろうと思うのに、どうしてもできない。
- 家族には言いたいことを言えるのに、他人に対しては言えなくなってしまう。
- 外ではしっかりしている人として振舞っているが、実は無理をしてそういう自分を演じているために、疲れを感じている。
- 人に対して馬鹿にする気持ちや意地悪な気持ちが出て来る時がある。
- 相手に対して、怒りと、見捨てられる不安という、相反する気持ちがある。
などなど。
私たちの心って、
矛盾や混乱がいっぱいあって、
そして「24時間365日、どこでも誰の前でも同じ自分」なんかではまったくなくて。
「これが私」と思っている私って、実は「たくさんの人格(部分、パーツ)」が集まったもの
そう考える方が、心の実情には沿っているんです。
このように、私たちの心を「人格(部分、パーツ)の集まったもの」として捉えるモデルを「パーツ心理学」と言います。
自分の中のさまざまな「人格(パーツ)」たち
それぞれの人格(以下「パーツ」と言います)は、
本当に「人格」と言えるほどの、独自の考えや感情を持っていたりします。
たとえば、「これをやらなきゃいけないのに、どうしてもできない・・・」と言う時。
これは、
- 「やらなければダメだ」というパーツ
- 「やりたくない」とか「面倒だ」というパーツ
自分の中にその2つが存在していて、それが戦っている状態とも言えるのです。
私たちは普通は、それらを「パーツ」としては見ずに、
「自分」という「ひとつの心・人格」として見るために、
どうにか力で一方を押さえつけようとしたり、
葛藤のエネルギーが大きすぎると、どうしたら良いか分からずに動けなくなったり。
そうやって苦しんだり疲れたりしてしまいます。
けれども「自分の中に、その両方のパーツが存在している」のです。
そして知っていただきたいのは、
「そのどちらのパーツにも、それぞれ言い分がある」ということです。
それぞれのパーツがお互いに相容れない意見、気持ちを持っているために、お互いに譲らない、譲れない。
そうして戦い、葛藤が起きるのです。
「両方があって、それぞれが違った言い分を持っているのだ」と思うだけで、
不思議と、ちょっと気持ちが軽くなったりしませんか??
良かったらやってみてくださいね!
パーツたちを家族のような「ひとつのシステム」として捉える
ご参考までに、パーツ心理学のひとつ「内的家族システム療法(Internal Family Systems Therapy)」(以下「IFS」)というセラピーでは、
この私たちの内的なパーツたちを、家族のような「ひとつのシステム」として捉え、そのシステムのバランスを取る視点から見て行きます。
どういうことかと言うと・・・
例えば子どもが不登校になっている家族の場合、
「子どもに問題がある」と見て、子どもだけにアプローチをしても変わらない場合も多くあります。
そこで、子どもが不登校になっているという状態を、
「家族というひとつの相互作用するシステム」の中で捉え、アプローチしていく手法が「家族療法」です。
IFSでは、その家族療法と同様に、私たちの心の中の様々なパーツたちが家族のメンバーのように「システム」を構成していると考え、パーツたちの役割や関係性を理解したり、「言い分」を聞いて行ったりします。
それによって、心、つまりシステム全体が、よりナチュラルで優しいものになって行くことを目指します。
「Self~本来の自己~」から見る
またIFSにおいては「Self~本来の自己~」という概念があります。
「Self~本来の自己~」は、パーツ(人格)ではない、私たちの本質であり、
「人格」ではなく、「在り方」や「質」です。
- Calm 落ち着き、穏やかさ
- Clarity 明晰さ
- Curious 好奇心
- Creative 創造性
- Confidence 自信
- Courageous 勇気
- Compassion 思いやり、慈愛
- Connectedness 繋がり
この「Self~本来の自己~」の視点からパーツたちを見つめて行くことで、
パーツたちの表面的ではない本来の姿や役割が見えやすくなり、
またSelfからの、パーツたちへの理解や思いやりがパーツたちを癒して行きます。
「パーツ」として見ることで、客観的に自分を見られる。
さて。
セッションでは、心の仕組みを知っていただくために、まずこの「私たちは多重人格」「パーツ」のお話をすることがあるのですが、「ホッとした」とおっしゃるクライアントさんも多いです。
というのも、たとえば、「ある状況で、どうしても人に対して意地悪な気持ちが出て来てしまう」ということに悩んでいたあるクライアントさんは、この「パーツ」の話を聞いて、
私の中に「意地悪なパーツがある」ということなんですね。
私そのものが意地悪な人間ではないのだと思うと、すごく救われます・・・
そんな風におっしゃっていました。
本当にその通りなんです。
その方も、24時間365日、いつでもどの場面でも意地悪な気持ちを持っているわけではない。
穏やかだったり優しい気持ちだったりする時もあるわけです。
けれども、
何かのトリガー(刺激)によって、
その意地悪なパーツが、ぱっと自分の前面に出て来る。
すると「意地悪な自分」になったような状態になる。
心の中で起きているのはそういうことです。
そして大切なのは、どのパーツにも、「それが存在する理由がある」ということです。
その「意地悪なパーツ」も、何かしらの理由があって存在しているのです。
たとえば、意地悪だったり、他者に対する攻撃的なパーツの場合は、
ものすごく傷ついた自分を守るために存在している・・・そういう場合がほとんどです。
たとえば、愛や優しさを感じられなかった人が、
自分には、どうやってもそんな愛や優しさなんて手に入らなかったのに!
みんな幸せそうに笑いやがって!
そんな悲痛な叫び、心の痛みを抱えて、
その結果、幸せそうに見える人に怒りや嫉妬を感じたりする・・・
「ああ、そういうことってあるよなあ」って、皆さん想像できると思うのです。
以下の記事でも書きましたが、
私たちは「意地悪」という部分だけに注目してしまって、それを「ダメなもの」と否定して・・・
そうして、その「意地悪」が存在する理由、その奥の傷ついた自分の存在には気付きません。
▼「自分の中にモンスターがいる」という人へ。
その「意地悪な自分」を、「パーツ」や「自分の中の一部」ではなく「自分自身」として見てしまうと、
否定や色々なジャッジが入りやすくなって、
純粋に、その「意地悪な自分」が抱えている痛みや苦しみが見えにくくなってしまったりします。
そうではなく。
「自分の中の一部(パーツ)」として見ることで、
客観的な視点、ジャッジの無い透明な目で見てあげられやすくなる。
「なんでそんな風に思うのか」というのを、感じ取ってあげられやすくなる。
そんな風に思います。
そして、
「そのパーツが存在している理由」
「そのパーツが果たしてきてくれた役割」
そういったものが見えた時に、
そのパーツ、つまり自分自身に対する労りや思いやりが、自然に湧いてくる・・・
それはとても温かくパワフルな癒しだと私は思うのです
セッションでは、このパーツ心理学の理論に基づいたアプローチも取り入れています。
▼パーツ心理学についてさらに詳しく知りたい方はこちら
私たちの中には、様々な自分が存在している。
以前、ある方が言ったこんな言葉。
私たちの中には、
マリア様も、ヒトラーも居る。
それを聞いた時に、理由も分からず涙が溢れました。
きっと、私にとってはそれが「真実」として感じられたのだと思います。
私たちの中には、様々な自分が存在している。
美しい自分も、
醜い自分も。
それを正直に、透明な目で見つめて、
受け容れて行く。
赦して行く。
既に愛され、赦されていたことを思い出して行く。
難しい時もいっぱいありますが
癒しの道って、愛だなーと思います