【ご感想】真実は誰にもわからない。わからなくてもいい。 真実の持つパワーに圧倒されながら、体中から力が抜け落ちていきました。

なおさんのセッションを受けて、3回目のテーマは、友人に言われた、
「寄り添うふりをして突き放すのは、人によっては致命傷になるわよ。」の言葉に傷ついた自分でした。

セッションは、なおさんのしっかりとしたホールドに支えられながらすすみました。
優しく問いかけられるうち、友人の言葉から連想ゲームのように、以前ある事故がきっかけで亡くなった知人の事に結びついていることに気が付きました。
『その方の死が、私のせいではない。』と頭ではわかっていたつもりでいましたが、心のどこかで引っかかっていて、そのことが知人の言葉に鋭く反応したのでした。

そのまま身体の感覚をたどり思い出したのは、母の死でした。

元気だった母はある朝、突然この世を去りました。
死因は、漢方薬の副作用だと診断されました。
その漢方薬は私が紹介した大学病院で出された薬だったのです。私が病院を紹介したことについて、父は一言も私を責める事はしませんでした。
残され精気を失う父を助け、励ます事でこの10年の月日を過ごしていました。

私自身も『母は以前から、多くの西洋医学の薬を飲み既に肝臓はボロボロだった。漢方だけが原因ではない。』と思っていました。

セッションの中で、この出来事を深く見つめなおし、母の死因を受け入れようとする今の私を心の奥の私が察し、
『(私)までが(私)を責めるなら(私)はどうしたらよいの?!』と焦り、怯えながら必死で叫んでいました。

それでも続けようとすると抵抗からかその私は消えてしまいました。

なおさんの深い受容の中、よ~く探すと、赤ちゃんの注射針の穴くらい細い穴の中に小さくうずくまって隠れている私がいました。
母の死を自分のせいだと認める事が怖すぎて、必死で隠れていたのでした。

ここで怯えている私をずっと受容してその子の声を聞きました。

私は、自分を責める事さえずっと抑圧していたのです。

その思いもずっと受容し続けると、すがる様な目で『私が殺したの?』と今の私に聞いてきました。
小さく透明になり今にも消えそうな私を必死でホールドしながら受容し続けました。

そのうちに責める自分と責められる自分の二人の自分に分裂し、怒鳴りあいの喧嘩が始まりました。

壮大な喧嘩が終わる事二人は一つに溶けました。

温かいオレンジ色のエネルギーを感じていると、そこに祖母が現れ笑っていました。

しばし安心感に包まれていました。

しかし、まだ母の顔は見られません。

母はまだやりたいことがあったはず。私を恨んでいるかもしれない。
この世に未練を残した母が立っている気配は私を睨んでいる(セッションのテーマの)友人に重なりました。

それを感じていくと母の死の後に罪悪感とともに感じていた胸が締め付けられる感覚がよみがえりました。

それを受容し続けると、本当の母がまったく別の位置から出てきました。

『な~に言っているの?』母は私に微笑みかけてくれていたのです。

この世に未練を持ち恨んでいたと思っていたのは、私が作った母の虚像でした。
ここで微笑んでいる母は私を恨んでも責めてもいませんでした。

温かく優しい真実の母の姿でした。
号泣する中で母の愛を感じるひと時を過ごしました。

『お母さんの死は私のせい?』
始めにすがる様な目で聞いたさっきの私がまた同じ言葉を私に投げました。

私の口から自然と『わからない。』の言葉が出てきた途端に、私の中の何かが崩れ落ちました。

そうです。『わからない』それが真実でした!

『わからない』その言葉は愛そのものでした。

真実は誰にもわからない。わからなくてもいい。
真実の持つパワーに圧倒されながら、それを体中で受容しました。

体中から力が抜け落ちていきました。

・・・・・・

あれから一か月、私の中でキューッとする感覚と感情が胸を覆っています。
それはこの10年間抑圧してきた母への思慕、別れの寂しさ悲しさです。

10年目にしてやっと心の底から母の死を受け入れる事が出来ました。

母への愛と感謝とともに愛おしいこの感情達を受け入れてあげたいと思います。

とても深いセッションでした。
なおさん本当にありがとうございました。

(Mさまより)
※ご本人のご了解をいただきご紹介しております

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